1991年に刊行された鈴木光司原作の小説『リング』(角川書店)は、ジャパニーズ・ホラーの火付け役として、日本だけでなく、世界中を恐怖に陥れ大ヒットとなった。それは、シリーズのキーパーソンであり、恐怖の源となった「貞子」の強烈なキャラクターもあって、20年以上経ったいまでも色褪せることはない。2012年に3D映画で、スクリーンから飛び出し復活した「貞子」が、ついに舞台というライブの場に「3次元」となって出現する。
今回のストーリーは、『リング』シリーズの原作者である鈴木光司氏が、作家活動の一方で教育問題をライフワークとしていることから、母を自殺に追いやった世間、自分をイジメてきた世間と立ち向かい、懸命に自立しようとした一人の若い女性の、切なく悲しみに満ちた物語。と同時に、貞子出生の秘密、人を寄せ付けない貞子が、なぜ遠山に心を開き関係を持ったのかといった疑問も解明される。名作『リング』の前日譚。
通し稽古を終えたばかりの遠山博役の『劇団EXILE』町田啓太(22)と、尋問する水澤刑事役の俳優・天野浩成(34)に話を聞いた。
--『リング』シリーズの初の舞台化ということで、お話が来た時の感想を
町田 「まさかあの貞子が舞台化されるとは思わなかったので、最初に『“さだこ”やるから』と言われたときは、“さだこ”ってなんだろう。恋愛ものかなぁと。そうしたら、『「リング」のだよ』といわれて、びっくりしました。始めは貞子の恋人役と聞いていましたが、そこからドンドン変化していって、フタを開けてみたら、ものすごく重要な登場人物をやらさせていただくことになっていて、驚きの絶えなかった4ヶ月でした」
貞子の母親である山村志津子の超能力公開実験が失敗に終わり、「超能力はインチキである」とマスコミに叩かれ、志津子は発狂して、三原山の火口に身を投げて自殺する。貞子は学校で、「ペテン師の娘」「妾の子」といじめられた。「自分は生まれて来なければよかった」「生まれてきてはいけない人間だった」と、思いつめていた貞子だったが、劇団『飛翔』に入った。しかし、そこも貞子にとっては、安住の地ではなかった。
町田 「イジメというものは時代が変わってもやっていることは変わってはいない。誰かをターゲットにして集中放火したり、言葉でイジメたり。劇場にいらっしゃって下さる方の中には、高校生、中学生とか若い方もいらっしゃると思うんですけど、命というのがテーマにあるので、その辺りも感じてもらえたらと思います」
貞子の秘密、歩んできた人生を紐解くツールとして、60年代に盛んとなった学生運動。劇団『飛翔』=セクト(社会活動家の分派組織)という図式になっている。物語は、危険物所持を理由に警察に拘留された舞台の音響オペレーター・遠山博と彼を尋問する水澤刑事の「取調室」を舞台に、遠山と貞子が所属していた劇団『飛翔』での出来事を回想しながら展開していく。
--時代背景が、日米安保条約反対に始まり、やがて世界的なベトナム反戦運動の波を受けて活発化した学生運動が盛り上がった1960年代ということですが。
町田 「僕は平成生まれなので、最初に台本を読んだ時は、その頃のことを全く知らず、ちんぷんかんぷんでしたし、とりあえず言葉の正確な意味を調べるのがやっとでした。とにかく、なんでこんな場面で、こんなこと言ってるんだろうと、当時の学生たちの気持ちをリアルには理解できなくて。その辺りが一番びっくりしました」
天野 「学生運動が活発だった頃は生まれてなかったので、リアルに経験はしていないですが、そういう活動があったことは知っていました。学生運動側の目線で描かれることが多いけど、警察側の目線というのは少ないので、取り締まる側はどういう気持なんだろうと、整理するのが大変でした」
--天野さんは、刑事役が初めてということですが
天野 「劇団『飛翔』のメンバー6人対刑事1人なので、強くあらなければいけないと思うんですけど、みんなのパワーに負けないようにしないといけないので、精一杯頑張ってます。(役作りに際して、)今までやってきた役と素の自分がなかなか抜けなかったので、ガラッと変えようと稽古が始まった最初の初めの3日、4日は、棒読みで全部喋って、練習していました。そこからキャラクターをつけていきました」
--一番苦労されたところはどこですか
天野 「しゃべり方ですね。これまでは語尾を強めでしゃべることがなく、語尾を引いちゃう喋り方が多かったのですけど、語尾を押していくということを今回覚えたので、これから自分の武器として使って行きたいと思います」
町田 「役もテイストもいままでの役とは違っていますよね。今まではクールでシュッとしたイメージが、僕の中であったんですけど、今回で天野さんのイメージがガラッと変わりました」
--町田さんもエキセントリックに感情を爆発させる役というのは初めてですね。
町田 「エキセントリックに感情を出すという役は、今まで全然なかったです。これまでは、普通の青年役やクールな不良役が多かったんです(笑)。(今回のような役は演じてみると)思い切り感情を出せるので気持ちいいのですが、倒れそうになります。セリフは頭に入っているのでしゃべっているんですけど、声を張って、エネルギーをバンバン出しているので、酸欠気味になるのかフワッとしてしまうときがあるんです。僕だけではなく、みんなも『白いの見えた』とか言ってます(笑)」
天野 「僕も『ウソだー!』といって立ち上がるシーンのときにクラッとします(笑)」
とある警察署の取調室。水澤刑事は遠山博と名乗る、舞台の音響オペレーターの男と対峙していた。危険物所持を理由に警察に拘留された遠山だったが、初対面のはずの刑事が驚くほど自分の周辺情報を熟知していることから、これが別件逮捕であることは明らかだった。
ついに水澤刑事が「山村貞子という劇団員は、本当はお前たちが“総括”したのだろう?」と、核心に触れる。これまでの捜査から水澤は、遠山が以前所属していた劇団『飛翔』がセクト(社会活動家の分派組織)の一つと考えており、遠山が劇団を辞める少し前に公演直前で突然、失踪した新人女優・山村貞子の出来事を、セクトによる総括(リンチ)殺人だと疑っているのだった。
今の劇団のことはよく知らないと言いながらも、遠山はぽつぽつと劇団の様子や稽古の目的などを語り始める。劇団主宰で演出家の重森、看板女優の栗原真理子、北島や浜岡、有坂といった仲間たち。劇団の特殊な稽古。
--見せ場は、遠山と水澤刑事の丁々発止の攻防戦。せめぎあいの中で、貞子の謎や生い立ちの秘密が明らかになっていく。
町田 「天野さん演じる水澤刑事と僕、遠山の会話が主で、その会話の中で遠山が語る言葉から少しずつ劇団『飛翔』での出来事が見えていくという構成なので、説明ゼリフがめちゃくちゃ多くて、伝えなきゃ、というプレッシャーがあります。難しい言葉がいっぱいあるので、僕が初見でわからなかった言葉を、(観に来てくださった方々に)ちゃんとわかってもらうためにはどうしたらいいんだろう。その上で、自分が隠している秘密が水澤刑事にバレないように帰るんだ、という遠山の気持ちも伝えなければいけないですし」
--一番、苦労された点、難しかったところはどこですか
町田 「全部です。はじめは全てを隠してないといけないので、その気持を作るのが難しく、試行錯誤しながらやってきました。水澤刑事に尋問されて、なんで遠山はこういう反応するのか、このセリフは秘密をポロッと言ってしまったので誤魔化すために言っているんだ、と自分の中でひとつひとつ消化しないといけないんです。本当のことも言ってるし、嘘のことも言っている。せめぎ合いが難しいですね。セリフの感情と、本音が違う。刑事は絶対に真相を吐露させよう。僕は僕でここから逃げてやろう。どっちが勝つのかのせめぎ合いです」
--天野さんは、一番、苦労された点、難しかったところはどこですか
天野 「キャラクターをつかむのが大変でした。『同等でぶつかるな』と言われていた。『相手が強く出たら、クルッと違う手でかわす。弱気だったら、上から言って攻める。リアクションをストレートにするんじゃなく、スカすように違うところから攻めろ』と言われています。ストレートで向かってきたら、ストレートで返したくなるところを我慢しています。観た方が、あいつはどこまで本気で、どこまで嘘ついているのか、どっちだったんだろうと、わからなくなるような台本になっています。演じている自分たちも、お互いどこまで知っていて、バレていて、気づいていて、という心理戦が複雑に入り組んでいます。自分たちが、どこまでわかっていてという解釈に折り合いをつけていくのが大変です」
--お2人の意気込みを聞かせてください
町田 「『リング』シリーズというネームバリューの大きい作品の初舞台化なので、期待度も大きいと思います。期待に答えられるような舞台を作っていきたいです。今回のストーリーは、今までのシリーズにはなかった色も放っていると思います。ホラーはホラーだけど、お芝居でしっかりと伝えられるようにしていけたら。いつ貞子が襲ってくるか恐怖感に襲われながら観ていると思うので、ドキドキしながら、お芝居を観ていただきたいです」
天野 「始まったら、終わるまで一気に走り抜けるお芝居なので、その時間を観客の皆さんと一緒に共有して行きたい」
町田 「一瞬でも見逃すと、その一瞬で状況が変わっていくので、見逃さずに、2人の攻防を見ていただきたいです」
終盤では、次々と明らかになる貞子出生の秘密、貞子と遠山の関係。人を寄せ付けない貞子が、遠山に心を 開いたのはなぜだったのか。特殊な力に翻弄された一人の女性の、悲しくも切ない物語がついに舞台で明かさ れる。
--最後に、作品の見どころをお願いします
町田 「一番伝えたいことは、人と人とのつながり。命について。貞子がどうしていなくなってしまったのか、その理由が描かれています。人の命、イジメ、社会問題に対しての提示がいっぱいあるので、そこを感じていただいて、見終わった後に、自分の生活と比較をして、変わっていただければ。あとは、遠山としては、愛を感じていただければと思います。《純愛》ストーリーを楽しんでください」
天野 「メッセージ的なものは、劇団『飛翔』メンバーや遠山が伝えてくれているので、ちゃんと引き出せるようにするのがぼくの役目かなと。気持よく吐露していただくために(笑)一生懸命、追い詰めたいと思います」
舞台 劇団EXILE『SADAKO-誕生悲話-』
【東京公演】 2013年5月3日(金・祝)~12日(日) 新国立劇場・小劇場
【大阪公演】 2013年5月15日(水) 森ノ宮ピロティホール
【名古屋公演】 2013年5月23日(水) アートピアホール
【静岡公演】 2013年5月25日(土)・26日(日) 浜松市勤労会館Uホール
原案・オリジナルストーリー:鈴木光司 脚本:樫田正剛 演出:星田良子
出演:町田啓太(劇団EXILE) 小澤雄太(劇団EXILE) 野替愁平(劇団EXILE) 八木将康(劇団EXILE)・長谷部優/天野浩成/瀬下尚人