「Dの食卓」などのゲームクリエイター飯野賢治さん死去

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 ゲームクリエイターの飯野賢治さんが20日、都内の自宅で高血圧性心不全のため死去した。42歳だった。

 21日付で飯野さんが代表取締役社長を務めた株式会社フロムイエロートゥオレンジの公式ホームページを通じて発表された。

 飯野さんは東京都生まれ。高校を中退後、ゲームソフト開発会社を経て、株式会社ワープを設立。1995年にゲームソフト『Dの食卓』で全世界でミリオンヒットを飛ばし、業界内では風雲児として名を轟かせ、音で見えない敵の位置を判断する『エネミー・ゼロ』などを世に送り出した。その後株式会社フロムイエロートゥオレンジを設立し、近年は作家として執筆活動などしていた。

 22日付のデイリースポーツ、東京中日スポーツ、スポーツニッポン、スポーツ報知、サンケイスポーツ、日刊スポーツ各紙でも報じられ、関係者によると、飯野さんは今月中旬までボストンのマサチューセッツ工科大を訪れており、17日夜に帰国。20日の昼頃までは普通の様子だったが、午後に持病のぜんそくの発作が出そうということで自宅で静養していたところ、午後6時ごろに発作が起き、午後9時42分、息を引き取ったという。

 葬儀・告別式は25日午前9時から、東京・杉並区堀ノ内の妙法寺で。喪主は妻・由香(ゆか)さん。

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