先月27日に急逝した国民的アニメ『サザエさん』の磯野波平役や『機動戦士ガンダム』のナレーターなど数々の声を当てた声優・永井一郎さん(享年82)の葬儀・告別式が3日、東京・青山葬儀所でしめやかに執り行われた。
春のような温かい日差しがふりそそぐなか、午後1時より始まり、漫画『YAWARA!』(永井さんは同作アニメ版で主人公の祖父の猪熊滋悟郎役で出演)の原作者の漫画家・浦沢直樹氏が弔辞を読み上げることとなった。
■以下、浦沢氏弔辞
永井さん。残念です。残念で、残念でなりません。『YAWARA!』の声優・皆口裕子さんがニューヨークへ立つ、壮行会をしたときに、食事をし、ほろ酔い加減のあなたの体を支えながらレストランを出たときに、私の手をぎゅっと握り『またね、また飲もう』とこうおっしゃったではありませんか。約束を破るなんて、永井さん、あなたらしくありません。
あなたとの出会いは1989年、私の漫画の『YAWARA!』の祖父・猪熊滋悟郎役をお願いした時でしたね。当初、滋悟郎役に永井さんの名前が候補にあがったとき、私は『サザエさん』の波平さんの声として、あまりにもお茶の間に定着しているため、即座に決定を出せないでいました。ところが、試しに演技を録音したデモテープを聞かせて頂き、愕然としました。デモテープからは、波平さんとは違う完璧に猪熊滋悟郎になり切ったあなたの声が聞こえてきたからです。『YAWARA!』は大人気アニメになりました。それは、永井さん、あなたの声の力によるものが大きかったのが間違いありません。あなたは、あの自由人、滋悟郎じいさんを、より一層天衣無縫に、傍若無人に演じてくださいました。
あなたの声に煽られるように、私の描く原作漫画の滋悟郎もますます豪快になっていったのは言うまでもありません。その後もあなたは、『MASTERキートン』では太平役。『MONSTER』では、主人公たちを温かく見守る心理学者Dr.ライヒワインと、私の作品のアニメ化では、必ず要となる役割を演じて頂きました。
それらのキャラクターはまったく違うタイプなのに、やはり永井さん、あなたはそれを見事に演じ分け、滋悟郎とDr.ライヒワインでは同じ声優が演じているとはまったく思えないほどでした。
この世に素晴らしい演技者と分かっていながら、永井さんと波平さんの話になると、するとあなたは、『彼はねぇ』というのが、とても不思議な感じでした。あなたが波平さんを『彼』と呼ぶ、もしかすると永井さんは、波平さんを演じることで、ご自身に理想の日本の父親像、日本の大黒柱、『バカモン!』と叱られたい日本の父親像を求められ、少々こそばゆかったのではなかったですか?『彼は普通の男だよ』といつもおっしゃっていましたものね。
そう、永井さんは世間でいう親父像より、もっとモダンでおしゃれだったし、ジャズにも精通されそして、少年のようなところがありました。お話も少年時代の思い出話が多く、小学校時代、3つ先輩の手塚治虫さんの昆虫の絵が、廊下に張り出されていたのを見たというお話や、趣味の絵画の展覧会では、戦後、進駐軍のフェンス越しに大きな大きなアメリカ兵に見おろされ、それはそれは恐ろしかったという、その絵の解説を目をキラキラさせながら話してくださいましたね。
もっともっとお話が聞きたかった。『あなたの作品はいいね』といつも褒めてくださいましたね。こんなに心強い味方はいませんでした。あなたは本当の父親のようでした。
永井さん、寂しいです。あの大きな声をもう一度聴きたいです。数えきれない程のマンガ・アニメのキャラクターに命を吹き込み、そしてその、みなぎる力で国民に勇気を、永井さん、あなたは与えて下さいました。
本当にお世話になりました。ありがとうございます。心静かにおやすみください。
合掌
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