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【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
「飛雄馬、インドの星になれ!―インド版アニメ『巨人の星』誕生秘話」の著者・古賀義章氏

 1960年代、70年代に絶大な人気を博した、伝説のスポ根アニメ『巨人の星』(原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる)が、インドでリメイク版アニメ『SURAJ-The Rising Star(スーラジ ザ・ライジングスター)』として、昨年12月から放映されている。

 主人公・飛雄馬の父・一徹がちゃぶ台をひっくり返す場面がインドでは「食べ物を粗末にする」としてNG。さらに、大リーグボール養成ギブスは、「児童虐待に当たる」としてNG。「巨人の星」を語る上で重要な、この2つのトピック。日本とインドの製作者たちは文化・常識の壁をどう乗り越え、放送にこぎつけたのか。その秘話がいま明かされる。

 昨年のこと、『NEWS ZERO』(日本テレビ系)を見ていたら、『巨人の星』がインド・ムンバイを舞台に、野球をクリケットに置き換えてリメイクされ、『スーラジ ザ・ライジングスター』のタイトルで現地でのテレビ放映が始まったという特集だった。

 インド側スタッフは、「ちゃぶ台をひっくり返すのは、インドでは食べ物を粗末にする」としてNG。「大リーグボール養成ギブスも児童虐待に当たる」としてNG。そのたびに、日本側スタッフは、「これがなければ『巨人の星』じゃない」と譲らない。インドでの放送2ヶ月前なのに、そのたびに会議は中断。ギリギリのところでお互いにアイデアを出し合い、『巨人の星』のテイストを残しつつ、その国の文化・風土に合わせていくという困難な作業風景だった。

 そして、この“インド版巨人の星”が実現するまでの過程が1冊の本になった。『飛雄馬、インドの星になれ!―インド版アニメ『巨人の星』誕生秘話』(著:古賀義章/講談社)だ。売り込みの交渉、現地製作現場との激しい議論を続けた日々、困難を極めたスポンサー交渉、そして様々な人たちとの出会い・・・・・・。講談社のプロデューサーが語る、インドへのアニメ売り込みを決意した日から、第1話放映実現までの物語。

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話

 その仕掛け人は、国際ニュース誌で日本発の「世界標準マガジン」である『クーリエ・ジャポン』を05年に創刊し、初代編集長を務め、現在、講談社国際事業局に籍をおく古賀義章氏(48)。

 古賀氏が日本に一時帰国した機会に、さっそく話を伺った。

 --大リーグ養成ギブスが「児童虐待」だとか、いま体罰の問題がタイムリーだったりするんですけど、世界基準と日本基準の差や文化の違いがこんなに大変なのかというのが、テレビの特集でよくわかりました。今回は、そのへんのお話をじっくり聞かせていただきたいと思います。

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
「インド版養成ギブス」をつけた主人公のスーラジ

 古賀 大リーグ養成ギブスを出したとき、インド側が「虐待だからダメだと言っただろ」というわけですよ。「俺たちだって普段あんなもん着ないんだ。それだけ努力してる。鍛えてるというのを少し大胆に表現したり、誇張するのがコミックやアニメだろう」と。何かできないかと。「バネじゃダメだから、鎧はどうか?」と、ムガール帝国時代のインドの鎧を調べて、何点かデモを送ったんですよ。で、向こうが作ってきたのを見たら、防弾チョッキみたいなもので、これじゃ全然、鍛えてる感じが出ないなと。それで、逆に向こうがアイデアを出してきたのが、「バネは使わないから自転車のタイヤチューブとかどうだ。貧乏だからバネとか買えないだろうし、エキスパンダー使えないから」と。インド人がその場でイラスト書いて、それを見ながら、「いいじゃない、早く言ってよ」と(笑)。

 --ちゃぶ台返しも、「食べ物を粗末にするからダメだ」ったんですよねぇ。

 古賀 実は企画がスタートしたときに、2年以上前にインド人と話し合ったときからスタートしたんですよ。「古賀さん、これはダメだろう」とインド人から言われていて。インドのテレビ局に聞いても、アニメ制作会社に聞いても、やっぱり「それダメだろう」とずっとダメ出しが出ていて。じゃあ、ちゃぶ台をもう少し大胆に放り投げて、「地球の裏側まで飛ぶような演出にして、やったらどうか」と、わざと極端な提案をしたんですけど、ダメでした。なんとかテレビ局の人と話して、ふと気づいたんですよ。「じゃ、食べ物じゃなきゃいいんじゃない?じゃあ飲み物にしよう」と。それでひっくり返したのがテーブル返し。せまい家なので、両手でひっくり返せないので、片手でひっくり返してます。そういう細かい芸を使ってます。インド人も「何そんなバカげたことにこだわってんの。また古賀おまえ、養成ギブスの話か」と、笑ってました。ちゃぶ台返しはね、日本でも1回ぐらいしか出てないんですよね。ただ、オープニングの映像にそういうシーンが出てくるから、何度もちゃぶ台返ししてるイメージがあるけど、たしか1回ぐらいしか出てないですよね。だから僕らが思っているほどちゃぶ台返しに対して、インド人は凄いとは言わないんですけど、ただやっぱり印象的なシーンではありますね。

 --テレビでも言われてましたけど、何度も何度も会議が中止になり、もうやめる寸前ぐらいまでいったという。

 古賀 あれは『NEWS ZERO』だったかな、その日は5時間とか話して、夕方にもつれ込んだのかな。長いテーマでした。もう日本側もみんないいやって話も最初はあった。でも、やってよかったですね。インド人の子供たちがあれを観て、「あれ面白いトレーニングだ」って言ってるんで。まだ始まったばかりで、これから何度もインドで再放送やるんですけど、そのうちタイヤチューブの養成ギブスが発売されるとね(笑)。十分起こり得るでしょう。

 --あの当時は逆に日本では「食べ物は粗末にしてはいけません」とか「米粒1つ残したら神様が」って話を親から聞かされた世代じゃないですか。その食べ物を粗末にしてはいけないことを、そういうふうにするんだ。それほど怒っているという裏に含んだものを日本人って、そうだよねって許容しちゃう風土があるんですけど、外国ってそうじゃないんですね。ダメなものはダメ!って(笑)。

 古賀 そうですね。とくにやっぱりインドって教育は厳しいですよね。義務教育を100パーセントにしようって国家事業にしてますから。子供に対して悪影響を与えるものはダメだと。体罰に関しても、殴るのはいっさいカットですよね。一般家庭の中では、殴ることはある。でも、ただテレビでの放映で悪影響を与えるから、テレビ局の放送倫理にひっかかるということで。あと、お酒もそうですね。基本的には好ましくないものとされてますので。インドはイスラム教徒が13%ぐらいで、2割に満たないんですけど、イスラム教は一切お酒はダメなんです。

 --インドはヒンズー教がメインですよね。そうすると、その全部の宗教を加味してダメなものをまず選定して、というやり方なんですか?

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「インド版明子姉さん」のシャンティー

 古賀 そうですね。インドは祝日はイスラムの休みもヒンズーの休みも全部あるんですよ。全部共有した多民族、多宗教国家なので、それを受け入れないと、イスラム教の人から反発が起きるんですね。だから全部それを共有したかたちで作らないと、問題になりますね。例えば、明子姉さん(インド版ではシャンティー)ですよね。彼女のスカートは脚が見えないように下にスパッツを穿いてます。向こうは短いスカートは穿かないです。かといってお腹は出してますけど(笑)。あれちょっとわかんないですけど、脚はダメですね。脚とか腰とか胸とかね。肩あたりは大丈夫ですね。

 古賀 ワールドカップのクリケットの大会の決勝戦で、インドとパキスタン(を想定した国)が対決しているシーンから始まるんです。これが一番好カードなんですけどね。日本・韓国戦みたいな。

 --危ないですよね。

 古賀 そう、危ないね。僕は実際、インド・パキスタン戦観に行ったことあるんですけど、そりゃ凄いですよ。セキュリティーが相当厳しくて。コインが持ち込めないんですよ。投げるから。お札しかお金持っちゃいけないし、コインは全部没収されますね。

 --なんかちょっとした戦争ぽくなっちゃいますよね(笑)。

 古賀 その試合でパキスタンに負けていて、ブルーのユニフォームを着ているのがインドの選手なんですけど、彼がホームラン打てばインドが優勝するかもしれないというシーンから始まる。これで優勝して、優勝パレードが行われるんですけど、そこで一人の少年がボールを投げる。これは『巨人の星』では長嶋(茂雄)の入団会見で、ボールを投げる少年がいると。これが星飛雄馬なんです。インド版では、サチンという年収15億ぐらいの選手をモチーフにしたサミールです。

 --すげえ、大リーグですね(笑)。

 古賀 その選手にボールを投げる。あの球を投げるのは、もしかしてシャームの子供じゃないかと。魔送球のね。シャームというのは主人公・スーラジのお父さんである、星一徹ですね。テレビで中継されていたので、自宅に帰ると親父が、「お前、なんであんな球投げたんだ?」と。「あれは誰にも見せちゃいけないとあれほど言っただろう。テレビで観ていたから、後姿でお前だとわかったぞ」と、親父が怒るわけです。スーラジは「やめるもんか! 何も悪いことはしていない」と。で、インド版のテーブル返しですね(笑)。狭いので片手で。飲み物を粗末にはしたんですけど。で、親父は上に行くという。

 --違いといえば、家の中から、壁に空いた穴を通って、外の木にぶつけ、また、穴を通す。これが、クリケットだから、ワンバウンドで木に当てていましたね(笑い)

 古賀 お母さんが亡くなっている設定はそのままですね。これは『巨人の星』では、川上(哲治)があのボールを打つんですよ。で、今回はインドの長嶋なんですけど。なんでこれがサチン・テンドルカールってわかるかというと、赤いフェラーリに乗ってることで有名なんですよ。それで、「あ、これはサチンだ」とわかるという。日本でいえば、長嶋が赤いスポーツカーに乗っているという感じですね。そういうふうにインド人にも実在の人物を登場させるようなかたちにして、作品を作っています。

 --大変だった宗教的な問題とか、日本とのギャップってありました?

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文化の違いによる苦労話を語る古賀氏

 古賀 宗教的な部分はお酒のところがあったりしますけど、例えば印パの問題があってですね。実は、冒頭の試合、パキスタンって表現はしてないんですよ。だからパキスタンの国旗はつけてないんです。僕も記者会見をインドでやったときに、「あの緑の服装はどこの国ですか?」って意地悪な質問を『タイムズ・オブ・インディア』っていうインドの大手新聞がして。「想像してください。強いチームです」と言ってごまかしたんですけど。後でテレビ局の人が「それはいい答えだった。ホッとしました」と(笑)。相手チームはパキスタンを想定して作ってはいるけども、これは特定してません。それと国旗は出してません。細かい部分で言うと、インド選手の国旗の真ん中にチャクラっていうシンボルがあるんですけど、描いちゃいけないって言われました。チャクラの中の絵柄は紋章みたいなものですけど、これは描いてないです。全部外してます。

 --それはなんでなんですか?

 古賀 これは放送局側からの要請で、それほど詳しいところまで僕は聞いてないですけど。あと、当時の『巨人の星』と違うのは、そのまま実在のチームの名前も、商標の問題もあるので出せません。例えばフェラーリもフェラーリとは言ってないんですよ。フェラーリに似せては作っているけども、レッドスポーツカーって言い方をしてますね。また、スーラジのボールをサチンが打つが、その場面は、サチンの足元と赤いスポーツカーしか描かれていないです。現代と過去と違うのは、そういった権利の問題、意匠権というか、そういった問題があって描けないことがありますね。それと、インドで運転できるのは…自動車免許の年齢とかもいろいろ違うんですよ。

 --そのへんは日本もいろいろで…。

 古賀 インドは、タバコは18歳からいいんですけど、お酒は25歳からなんですよ。車は18歳、バイクは16歳から。花形(満)はこの設定からいくと、まだ10代の前半に近いわけですから、まだ当然車に乗れないので、助手席に登場してますよね。で、スポンサーがスズキさんですから。そういったところも配慮して作ってます。厳密にいうとマルチ・スズキというスズキのインド子会社が作ってるんですね。シェアも4割強あって、高級感もあります。

 --基本的なことなんですけど、何年ぐらいの構想を? 元々『巨人の話』をやろうと言ったのは向こうから?

 古賀 いや、僕が考えたんですけどね。2010年の4月だと思うんですけど。僕は雑誌の編集を20年やっていました。2010年の2月まで『クーリエ・ジャポン』という雑誌の編集長をやってたんですけど。「次、何やりたいか?」って言われたとき、インド事業をやりたいと。目玉コンテンツを作りたいなと思って、第1弾が僕が観ていた『巨人の星』だったんです。

 --クリケットがあるから、『巨人の星』が近いだろうと?

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
インド版「巨人の星」の「スーラジ ザ・ライジングスター」

 古賀 どっちもなんですけど。インドの家電普及率も、冷蔵庫はこのグラフで22%というのは、日本でいつ頃かというと、1961年とかですね。カラーテレビは31%で、1971年。車の普及率4%は1960年か70年かなと思うんですね。いま経済成長が6%弱ですから、ちなみに中国が8%ですけど、右肩上がりで成長している時代で、豊かになってますよね。日本よりも一気に加速化すると思うんですけど。そう考えると、努力して報われてモノは増えていくという時代、中間層が一気に広がっていく。どんどん家電やクルマを買っていく。貧しくても努力すれば豊かになっていくという時代のヒットした作品は何かと考えたんですよ。その当時、僕は子供心に思い出深いのは『巨人の星』であり、『あしたのジョー』、『タイガーマスク』。もしくは『ウルトラマン』、『仮面ライダー』だったり。この中に何が合うのかなというのは考えてましたけどね。それにクリケットというコンテンツとうまくミックスできないかなと思ったのが『巨人の星』ですね。

 --日本に逆輸入はされないんですか?

 古賀 いま実はそういう話もいただいていて。

 --面白いと思いますよ。あっ、こういうふうに変わったんだっていう興味は。とくに2ちゃんねる連中は凄く大騒ぎすると思うので(笑)。そのへんから火がつく可能性も凄くあると思うので。面白いと思いますね。

 古賀 随所にはそういうところを入れてまして。

 --最後にNHKの大河ドラマじゃないですけど、ここはこういうふうに苦労しました的なのを観て、凄く立体的になって面白いのかなとは思いますね。

 古賀 もしくはこのシーンってやつを同時に放映するとかね。そういう話もチラチラあって、ちょっとインドが落ち着いたら、半分の13クールぐらいきて、やりたいなとは思ってますね。もしくは同じ企業で。スポンサーが(笑)。

 --でも、声は昔の『巨人の星』の人たちが声優を務めたり。

 古賀 そうですね、それも話題作りで(笑い)。

 12月23日より、インドのエンタテインメントチャンネル「Colors(カラーズ)」にて放映をスタートした、日本・インド合作のテレビアニメーション『スーラジ ザ・ライジングスター』。放映するColorsはヴァイアコム系の大手チャンネルで、放映時間は毎週日曜日朝10 時からと子ども視聴の多い時間帯だ。現在、30分枠全26話、半年分の番組を予定している。物語は「大リーグボール1号」に当たる魔球が完成したところで終了するが、第2シリーズで2号、3号や、主人公、星飛雄馬の好敵手、オズマに当たるキャラクターの登場など、その後のエピソードを展開していく方針という。

 最後に古賀氏は、「いまヒンディー語のチャンネルでやってますけど、デリー、ムンバイの人々は観てますけど、それ以外の地域はまだ十分に観られてないんですよ。今度、ベンガル語やタミール語などのチャンネルを展開してみる予定です。今度6月以降は、多言語のアニメチャンネルの展開を考えていて。出足はヒンディー語で展開して、今度は二つのアニメ専門チャンネルで同時中継でやるんですね。年齢層が低めと高めの二つのチャンネルで一緒に放映します」と、次の目標を語った。

 

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
養成ギブスを付けた星飛雄馬
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明子姉さん(手前)と星飛雄馬(奥)

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
ちゃぶ台返しのシーン
【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
インド版でのちゃぶ台返しのシーン

【インタビュー】大リーグボール養成ギブスは児童虐待!インド版「巨人の星」誕生秘話
サインが入ったクリケットのバットを持つ古賀氏

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