今月15日に肺炎のため80歳で亡くなった映画監督の大島渚さんの告別式が、22日東京・築地本願寺で行われた。
昨夜から降りだした涙雨に打たれる会場には、映画関係者や一般弔問客ら700人が弔問に訪れ『愛のコリーダ』や『戦場のメリークリスマス』など数々の名作を世に送り出した大島さんを悼んだ。
妻の女優の岩下志麻（72）と出席した映画監督の篠田正浩（81）は「大島渚、あなたが映画監督としてデビューしたのは1959年の『愛と希望の街』です」と弔辞を読んだ。大島さんを同時代で見てきた篠田は「27歳の新人の出現で松竹大船撮影所はどよめきました」と当時を懐かしみ、デビュー作の『愛と希望の街』に触れながら「少年は汚れのない純粋な存在だという常識を木っ端微塵に打ち砕くものでした。しかし、会社はこの深刻な少年のイメージを嫌って、公開時に『愛と希望の街』に改題してしまいました。大島渚が映画監督として最初に直面した規制。あなたの言葉で言えば“枠”の体験でした」と故人の闘いを振り返った。
篠田は「1968年、あなたは驚くべき低予算で『絞死刑』を発表します。殺人罪で死刑を宣告された在日朝鮮人Rの死刑執行を巡るドラマで、悲劇的な主題にもかかわらず、時には哄笑したくなるような喜劇性を撒き散らすという破天荒な展開でした」と当時の衝撃を描き出し「顛末の果て、日本という国家が内包する矛盾や悪が暴露されていくのです。これまでに私が見たことがない映画でした。世界が大島渚を発見しました。サミュエル・ベケットは『こんな不条理があっていいのか！』と驚嘆しました。あなたは花鳥風月を捨て、目の前にある政治の現実と真っ向から対立しました」と映画監督として惜しみない賛辞を送った。
「石堂淑朗、田村孟、佐々木守、戸田重昌、（妹の）大島瑛子、渡辺文雄、戸浦六宏、小松方正、佐藤慶そして、若松孝二らの庶子はすでにこの世にいません」と次々と鬼籍に入った“大島組”の名前を呼ぶ篠田。「（妻の）小山明子さんだけがあなたを支えました。1996年病に倒れてからの18年間、小山さんはあなたと住処を共にし、全身全霊を傾けて介護してくれました。あなたには武（たけし）と新（あらた）と名付けた息子がふたりもいます。彼らがこれからの小山さんを……」と肩を震わせ絶句。その言葉に喪主を務める女優で妻の小山明子（77）も目頭を押さえた。篠田は声を振り絞り「…もう私に言うべきことはありません。ただ、あなたの遺影を前にすると、あなたの残した作品群の題名が次々と蘇っています。映画監督・大島渚の闘いがひとつひとつ題名から見えてきます。だから、大島渚。あなたの死が確実になった今も喪失感はありません」ときっぱりと結んだ。
いつしか雨はあがり穏やかな冬の日差しが降り注ぎ、音楽家の坂本龍一による『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲『メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス』が流れる中、俳優の松田龍平（29）、寺島進（49）、ジョニー大倉（60）に担がれた棺が、参列者の見守られ出棺した。
長男の武（たけし）さんと次男の新（あらた）さんと一緒に立った小山は「みなみなさまの温かいお言葉を頂戴し、ニューヨークから坂本龍一さんも駆けつけてくださって、映画人としてみなさんに愛されて、こんなに沢山の方に見送っていただけて幸せな男だと思いました」と感謝した。
96年に脳出血で倒れて以来、一度は『御法度』で監督として復帰した大島さんだが、再び01年に多発性脳梗塞を発症してしまう。小山は「闘病生活は長かったですけれど、私たち家族、それからお友達みんなに支えられいい人生をおくれたと思います」と語り「大島の美学を貫いて、出棺の時の顔はとても美しかった。みなさんにお花をいれていただいて、彼はいい旅立ちをしたと思います」と静かに語った。
「お酒が好きな人でしたから、今頃天国で若松孝二さんとお酒を酌み交わしていることでしょう。私も大島渚の妻として今日ほど誇りに思ったことはありません…」と声を詰まらせ「長い間ありがとうございました」と最後に深々と頭を下げた。
