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中山優馬 ふぉ~ゆ~辰巳雄大へ書いた手紙とは?桜井日奈子の親衛隊に

中山優馬 ふぉ~ゆ~辰巳雄大へ書いた手紙とは?桜井日奈子の親衛隊に
桜井日奈子も熱演で魅せた

 俳優・中山優馬(22)が1日、東京・Zeppブルーシアター六本木で主演舞台『それいゆ』(演出:木村淳)東京公演ゲネプロを『ふぉ~ゆ~』の辰巳雄大(29)、俳優・金井勇太(31)、佐戸井けん太(59)、JONTE(施鐘泰、35)、女優・桜井日奈子(19)とともに開いた。

 雑誌『少女の友』の挿絵で日本の戦中、戦後の少女たちに夢と希望を与えた画家・中原淳一。いまや日本が世界に誇る“Kawaii”の原点にもなった中原を中山が演じて描くことで、「美しく生きる」ということの意味を問いかける。ヒットメーカーの脚本家・古家和尚氏オリジナル作品で見せる。

 舞台は戦中の緊迫感とともに、中原が自分の追い求めるものを追求していく覚悟、そこに生じる葛藤が伝わってくるようなものに。舞台装置には鏡が貼られており、舞台が見た目以上に、さらなる広さを感じさせる演出もほどこされた。

 終演後、囲み会見が開催。すでに先月26日から29日の大阪公演を成功させ、満を持しての東京公演となり中山は、「けいこをたっぷりやらせていただいて本番が来るのを楽しみにしていました。(大阪公演は)自分で言っていいか分かりませんけど、自信は持っています!」と、胸を張りアピール。

中山優馬 ふぉ~ゆ~辰巳雄大へ書いた手紙とは?桜井日奈子の親衛隊に
 

 役作りへ中山は、「美しさとは何かというので、所作1つ1つ、中原さんの信念を刻みながらやってましたね。戦中・戦後の時代を描いていますけど、小さな喜びだったりがあったというのを大事にしています」と、演じる上での気持ちを語ると、辰巳は、「優馬を筆頭にワイワイやったり、みなさんと話し合ったりして」と、しっかりまとまっていたようだ。

 すでに本番に突入している本作だが、辰巳は前日にけいこ場の夢を観たそう。「みなさんでけいこしている夢を見て」と、はにかみつつ、そんな夢を見た理由について、「優馬が舞台後の台本に書かれていない部分を中原淳一さんになり切って、(辰巳演じる)桜木に対して手紙をくれたんです」ということがあったからなのだとか。

 それを明かされ中山は「それ言うんだ」とはにかみつつ、「台本の後の後日談なんです。台本に書かれていない部分の大事さというのを、中原淳一さんという方の何十年間を生きたというのを自分の中に落としこむというんで、そういう気持ちになったのを忘れないようにと思って書きました」と、役作りで中原という役の心情を理解する一環だったことを明かし、辰巳は、「続編とか映像とか『それいゆ』ツアーに行けたらいいなと思って夢に見たのかもしれません」と、“続編”をちらつかせて笑いを誘っていた。

 本舞台を通じて中山は、「信念を貫く大事さといういか人と人とのつながりというか、友達、家族とすごすことの大事さを感じています。美しく生きようと思いますし、この作品に出ているキャストのっ方もそう思っているんじゃないかなと思っています」というと、ほかのメンバーもうなずいた。

 ちなみに、中山と辰巳の所属するジャニーズ事務所の仲間たちも本ゲネプロを見守っていたそうだが、「同じ事務所の人なので刺激になるというか。言いたいこと?負けへんで(笑)」と、ライバル心をチラリと見せることも。

中山優馬 ふぉ~ゆ~辰巳雄大へ書いた手紙とは?桜井日奈子の親衛隊に
JONTE

 一方、本舞台で女優デビューとなった桜井は、「いままで女優さんになりたいという夢がかなった」と、笑み。「けいこ中に役で悩んだ時期があったんですけど、アドバイスしてくれて、中山さんを始め、みんな優しくて。1日“日奈子デー”というのがあったんです。演出の木村さんとの仲を深めていくというので。でも、私、パニックになっちゃったんです。そうしたら、『お前は1人じゃない!』って言ってくれて」と、周りが支えてくれたそうで、中山は「われら桜井親衛隊ですから!(笑)」と、制作会見の“日奈子トレーニング”に続く、新しいルールを明かしていた。

 中山から「中原淳一さんの生き様。美しく生きるとは何かというテーマですけど、戦中・戦後でも現代でもそのテーマは変わらないと思います。個々のキャラクターの背景だったりが人として描かれていて、人と人が舞台の上でぶつかっているので、お客様も何か持って帰ってもらえれば」と、PRしていた舞台『それいゆ』東京公演は1日から5日までZeppブルーシアター六本木にて上演!

 ■STORY
 1940年、淳一(中山)は若くして挿絵画家・人形作家としての確固たる地位と人気を手にしていた。戦争が暗い影を落とす時代に、淳一が挿絵を描いを描く雑誌『少女の友』は、多くの少女たちに夢と希望を与えるバイブルだった。そんなある日、『少女の友』編集長の山嵜(佐戸井)は、淳一に“挿絵の少女画をモンペ姿で描いてくれないか?”と持ちかける。『中原淳一の描く少女画は敵性文化。かつ華美にして優雅、これは時局に合わない』軍部から圧力を受けた山嵜は、淳一の画風の変更か、雑誌からの追放かの苦渋の決断を迫られていたのだ。懇願する山嵜に対し、淳一はあっさりと“ならば辞めます”と言い放つ。それは、創作の場を自ら切り開いていく淳一の挑戦の始まりだった。

 戦中戦後の激動の時代、『美しく生きる』という信念を抱きながら活動を続ける淳一の、生涯をかけた一つの夢。そして、その果てに辿り着いた結末とは……?

中山優馬 ふぉ~ゆ~辰巳雄大へ書いた手紙とは?桜井日奈子の親衛隊に

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桜井日奈子
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金井勇太
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JONTE
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佐戸井けん太
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