映画監督・堤幸彦(56)が、最新監督作『MY HOUSE』(監督:堤幸彦/配給:キングレコード、ティ・ジョイ)の原作者であり建築家・作家・アーティストとして活躍する坂口恭平(34)とともに8日、都内にて試写会後のティーチインイベントを行なった。
本作の原作となった小説『隅田川のエジソン』(幻冬舎文庫)、隅田川沿いに暮らす路上生活者の生態を描いた『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(河出文庫)の著者・坂口は、早稲田大学理工学部建築学科卒。在学中より現代建築の在り方に疑問を持ちフィールドワークを重ねた。卒業論文として発表した路上生活者の“HOUSE”(家)の調査が、04年に『0円ハウス』という写真集として出版され、海外で注目を集めた。それに伴いベルギー、メキシコで展覧会を開催。06年にはバンクーバー州立美術館にて初の個展を開催し、カナダ国内を巡回。07年にはケニアの『World Social Forum Nairobi 2007』では作品展とワークショップ、フランスのサン・ナザレでは展覧会に参加するなど、建築家、作家だけにとどまらずアーティストとしてもその“奇才”ぶりを発揮している風雲児である。
堤監督は、これまでのエンターテインメント性を封印し、モノクロ作品にしたことなどで、いわゆる“作品性”が高いと評される作風にしたことについて、「作品性が高いとかどうかということは見る方が決めること。ただ、やらねばならんと思っていることは事実。商業映画の商業監督としてずっと大きなバジェットのものを含めて仕事を続けさせてもらっているが、十代の中盤以降からずっと世の中に対する疑問や不信感は持ち続けていて、仕事に就いてからはその思いは思いだけにとどめてきた。56歳になり、やっぱり中年を過ぎて、死ぬための準備というものを当然しなくてはいけないわけで、棺桶に入れる作品を作りたい。作ったら世に問うていくことで、監督という職業を全うしたいと思う。どの作品でも手間ひまは一緒だが、違うジャンルとして、人から頼まれたものでなく、自ら発案・提案しプロデューサーを口説いてという、そういう作り方の違うやり方で、自分の気になるテーマで、っていうものは作り続けたい。作り続けるべきだ、じゃないと死ねないという境地には至っている」と、静かな口調ながら力強く語った。
映画について聞かれた坂口は、「映画というのには絶対“情報”が入っていないとダメ。生きのびるための技術の情報が入っていないと映画じゃない。そこは徹底してそう思ってる。だからこれはある種の、教育映画だと思ってる」と笑いながら語った。「自分は脚本にも全く関わらず。何も言っていない。ただフィルムに嘘は載せたくなかった。そういう意味では(監督には)ディティールにこだわってもらって、人々の網膜に焼き付けろ、そういったことを徹底してやってくれといった感じ」と述べ、原作者として映画の完成度にも満足した様子を見せた。
本作の主人公である路上生活者・鈴本について、堤監督は「実際の人物は寡黙で語らない哲学者のような方だった。映画の中の鈴本は、何にも縛られることなく、淡々と自由に生活している。しかしそのリスクとしてさまざまな暴力や権力、自然災害と向き合っている」と語った。坂口が取材した、隅田川沿いで暮らす“鈴木さん”という路上生活者が主人公・鈴本のモデルだが、坂口は彼を“師匠”として仰いでおり、「ボクが鈴木さんに、鈴木さんは幸せなの?って聞いたら、めちゃくちゃ幸福だと。人生で、自分で自分を幸福だと言う人に初めて会った。それが衝撃で。だから、路上生活者を取材しようっていうんじゃなく、“師匠”がいて、“師匠”の言葉を残そうと思って。だから今パウロみたいな気持ちなんですよ。やんなきゃいけないと思って、オレに語ってくれ、っていうところから取材が始まった」と、“鈴木さん”とのエピソードを明かした。
また坂口は、「どうやら鈴木さんたちって、“経済的に貧困な人たち”と思われてるんですが、それじゃ“経済”って何かを調べたら“経世済民”で『世を直し民を救う』という意味で。で、それ鈴木さんがやってること。すごく経済的に高度なことをやってるんです」と自由奔放に熱弁をふるい、自らの意志で路上生活者として人生をサバイバルする主人公とそのモデル“鈴木さん”の“強さ”を語った。自由奔放に持論を展開する坂口に対し堤監督は、「若干、言ってることが良く分からない時もありますが」、と笑顔を見せながら、「その強さはめちゃくちゃ感じる。70年代に会ってたら、とんでもない同志になってたかもしれない」と、自ら“親子くらいの年齢差がある”と語る若き“奇才”に対して賛辞を贈った。
学生からの質問に答えた2人、「人生は諦めることなのか?」と質問を切り出したのち、感極まって涙ながらに絶句してしまった女子学生に、坂口が思わずもらい泣きする場面も。質問に対して、堤監督は「諦めなきゃいけないのかと思う瞬間はこれからも数限りなくあると思う。言葉に言えないかもしれないが、自分にはこういう強さと目的があるんだと、ということが少しでもわかっていれば全く諦める必要は無い。映画の中の描き方は演出上の表現だから。淡々と描いているが、表情には出さないその裏に真の強さがある。悲しいだけの受動的な人生ではありません」と語りかけ、坂口は「母親にはなぜ諦めない?金にもならないことはやめて、会社に行ってと言われる。でもボクは諦めないんです。生きることは諦めないってことですよ」と励ました。
また、最後に、客席で試写を観ていた、主人公・鈴本を演じたフォークシンガー・いとうたかお(61)がステージに登壇。本作を観るのは4回目ということだったが「観るたびに違うものが見えてくる」とコメント。鈴本(いとう)が「ルイ・ヴィトン」の店の前を自転車で通過するシーンの撮影の際、身内がこの店に勤めているということで、「いとうさんは、このシーンだけはやりたくない、(身内に)バレたら嫌だ、と言ってた。とっても人間らしい方です」と監督からバラされ思わず苦笑。いとうは、「僕は幸せに暮らしています」と、笑顔で強調した。
5月26日(土)新宿バルト9他全国ロードショー!